ストーリー

【教えて!ダイソン画伯vol.1】地域性苗木ってなあに??

    more treesの森ガール・ダイソン画伯による連載「教えて!ダイソン画伯」をスタートします!各地の森を飛び回るダイソン画伯が、得意のイラストを交えて森づくりのあんなことやこんなことを気ままに語っていきます。記念すべき第1回をどうぞ♪

    みなさん、はじめまして!ダイソン画伯です。森にいるとたくさんの木があって「ああ気持ちいい~♪」って思うんですけど、木を植えるために必要なものが「苗木」ですえっ?森林って自然に木が生えてくるから苗木なんて必要ないんじゃないの…と思いました?それがですねえ、実際には人工林(人が手を加えてつくられた森)では苗木はなくてはならないものなんです。そのための苗木の生産=育苗(いくびょう)はとっても大事なんですよ~。

    1. 地域性苗木とは?

    more treesで植林する苗木は「地域性苗木」をつかうことを大切にしています。地域性苗木というのは、「その地域に自生している樹から採種され、採種場所や採種月日など履歴(トレーサビリティー)が確かな苗木」(一般社団法人日本植木協会より)のこと。つまり、地元生まれ、地元育ちの地域に根ざした苗木なんです。じゃあどうして地域性苗木が大切なの?同じ木ならどの地域産でもいいんじゃないの?という疑問が湧くかもしれません。

    実は、同じ種類の木でも地域によって遺伝子が少しずつ違うんです。

    多くの木が数十年、ときに数百年も生きる長寿の生物。そのため、生まれ育った土地の気候や環境に適応しながら少しずつ遺伝子を変容させています。もしわたしたち人間が別の地域で育った苗木を植えてしまうと、遺伝子の攪乱がおき、その土地に合った遺伝子を壊してしまうことになるんです。

    2.実験!日本海側と太平洋側のブナを入れ替えたらどうなる?

    実際に地域性を無視して苗木を植えたらどんなことが起こるでしょうか。「ブナ」を使った実験結果を紹介しますね!

    今回の実験に登場するブナは日本の冷温帯を代表する落葉広葉樹で、北は北海道の南側、南は九州まで、幅広く分布しています。

    実験では2種類のブナの苗木を使いました。ひとつは、雪が多い地域に自生している「日本海側の遺伝子を持つブナ(以下《日本海ブナ》)。もうひとつは、雪が少ない地域に育つ「太平洋側の遺伝子を持つブナ(以下《太平洋ブナ》)です。

    これらの苗木を植えるときに場所を入れ替えて、日本海側に《太平洋ブナ》を、太平洋側に《日本海ブナ》を植えてみます。すると・・・・


    【結果①】日本海側に《太平洋ブナ》を植えると、雪の重みで幹が折れてしまいました。

    【結果②】太平洋側に《日本海ブナ》を植えると、枝先が枯れる=先枯れが発生してしまいました。


    なぜこのような結果になったのでしょうか。

    【結果①の要因】雪の重さ

    《太平洋ブナ》と《日本海ブナ》の幹の折れ方について実験をしたところ、《日本海ブナ》は限界の重さまで幹に負担をかけても完全には折れず、ある程度のしなりをもっていることがわかりました。一方、《太平洋ブナ》にも同様の重さをかけたところ、大半の幹がバキッと完全に折れてしまう結果となりました。

    重さ=雪だとすると…《日本海ブナ》は雪の重さに対応して成長できることがわかります。しかし、《太平洋ブナ》は雪の重さへの適応ができずに折れてしまい、うまく育たないんですね。

    【結果②の要因】気温

    植物には、育っている環境の「気温の貯金」が一定の量まで貯まると「変化が起こる」という性質があります。例えば、サクラは2月1日以降の日ごとの最高気温の合計が600℃になると開花すると言われているように、植物それぞれに花や葉が開くタイミングと気温の貯金のあいだに関係があります。

    ブナの開芽(冬芽から葉を出すこと)に必要な気温の貯金額は、《太平洋ブナ》より《日本海ブナ》のほうが小さいことが分かっています。今回の実験で太平洋側に《日本海ブナ》を植えた場合、《太平洋ブナ》よりも早い時期に葉が開いてしまいました。ところが、葉が開いたころは日中の気温は上がっても朝晩はまだ氷点下になることがある時期です。ブナの冬芽は寒い環境に耐えられるようになっていますが、葉が開いてしまうと一気に寒さに弱くなる性質があり、早く葉が開いてしまった《日本海ブナ》はいわば極寒のなか超高性能ダウン(冬芽)を脱いで半袖(葉)になってしまったようなもの。寒さに耐えられず、先枯れがおきてしまったのです。

    え、それじゃあふつうに日本海側に自生している《日本海ブナ》は凍らないの?と思った方、いい着眼点ですね!でも大丈夫なんです。日本海側では通常12月~5月上旬ごろまで積雪があります。雪に覆われていると気温が上がらず、「気温の貯金」がなかなか貯まらないので開芽のスイッチが入りません。つまり、超高性能ダウン(冬芽)のまま越冬して、暖かくなったころに開芽するのが本来の《日本海ブナ》の姿というわけです。

    この実験結果から「雪の重さ」と「気温」がブナの生育に影響し、土地の環境に適用してきたことがわかりました。このように同じ樹種でも育ってきた環境による遺伝子の影響力は大きく、遺伝的配慮がないと、せっかく植えてたものを枯らしてしまうかもしれません。

    3. 困難。苗木生産の課題

    地域性苗木の大切さがわかったので、地域性苗木をたくさん育てて植えていきたい!と思いますよね。でも、これがなかなか難しいのです。

    1)そもそも広葉樹苗木の生産者が少ない

    more treesが取り組んでいる「多様性のある森づくり」では、現在日本の森林の約4割を占める人工林に植えられているスギ・ヒノキなどの針葉樹だけでなく、「広葉樹」もミックスしながらその土地にあった多様な樹種を植えています。ただ、針葉樹に比べて広葉樹の苗木生産者は圧倒的に少ないという現実があります。

    2)広葉樹の苗木だったとしても、「地域性」のものを確保することが難しい

    ①ほかの地域から持ってくればいいという考えになりがち
    林業でよく使用されている針葉樹4種(スギ、ヒノキ、アカマツ、カラマツ)には「林業種苗法」という苗木の移動制限があります。しかし、広葉樹にはその制限がなく、極端に言えば、北海道で育てた苗木を沖縄に植えることも法的に可能なんです。そのため、植えたい広葉樹の苗木がない場合は、ほかの地域から調達すればいいという考えになりがちです。

    ②苗木生産者に聞いても産地が分からないことがある
    苗木生産者は、手元に種がなければ種を購入します。ただし、苗木生産者の約半数は自身の購入した種子がどこで採取されたかわからないそうです(広葉樹の種苗の移動に関する遺伝的ガイドラインより)。苗木生産者が種の産地まで気にしていないというケースもありますが、そもそも種の仕入れ先である種子採集の専門家自身も産地の情報を細かく管理しておらず、種子源を正確に把握するのが難しくなっています。

    ③だったら自分で種を採ろうと思うけれど、近くで採れるからといって「地域性」になるとは限らない
    地域内で種を採取しようと思っても、遺伝子が異なるものを採取してしまうことがあります。もっとも身近な種採り場として近くの公園や街路樹を思い浮かべますが、そうした場所の植栽木は県外産など地域外の木が意外に多いんです。わざわざ山まで採りに行くことは体力的にも時間的にも大変なことですが、遺伝子のことを考えると地元の山などに出向いて採取することが一番です。

    このように、地域性苗木を育てていくことはなかなか難しいことなんですね。それでも、more treesはあきらめません!

    4.more treesの取り組み

    more treesでは、すでにいくつかの活動地で地域と協力して「地域性苗木の育苗プロジェクト」を進めています。ふだんはあまり森と触れ合う機会のない地域住民や協賛企業の方々を交えた「種採りイベント」や「育苗イベント」も開催し、多くの方に森への興味をもっていただく機会にもなっています。

    イベント参加者のなかには、山で拾った種を自宅に持ち帰って育てる「苗ブリーダー」を実践し、植林できるくらいの大きさに育ったころに地域へ戻した方もいます。育てていくうちにどんどん愛着が湧き、「種がこんなにも個性ゆたかでひとつひとつ違うとは思わなかった」「種の世界を通じて、人間の世界の見え方も変わった」と話していました。

    では最後に、実際に地域性苗木の育苗に取り組んでいる岩手県住田町の活動の様子をご覧ください!

    ここまでの作業を見て、採ってきた種を植えただけでしょ?と思った方~??

    それがそんなに簡単じゃないんですよ~。採ってきた種はそのまま蒔くのではなく、殻をとったり、果肉を取り除いたりする作業を行っています。そのやり方もひとつじゃなく、樹種ごとに種の形などが異なるので処理の仕方が違ってきます。さらに、蒔き方もいろいろ。土を運んだり肥料を混ぜたりと体力を使う工程も多く、想像以上に手間暇のかかる作業なんです。

    ▲種蒔きから3ケ月後の苗木。地域の方々が大切に育ててくださったおかげでこんなにも成長しました!

    いかがでしたか?「地域性苗木」の重要性は今後ますます高まっていくはずです。まだまだ認知度も低く、生産者も少なく、ハードルはたくさんありますが、私たちは森づくりのパートナーのみなさんと協力してこれからも地域性苗木を育てていきたいと思います。

    地域に根差した丈夫な木が、より多く植えられますように。more trees! more 地域性苗木!!

    参考文献 
    ・津村義彦・陶山佳久編『地図でわかる 樹木の種苗移動ガイドライン』文一総合出版
    ・森林総合研究所『広葉樹の種苗の移動に関する遺伝的ガイドライン』
    ・森林総合研究所『第二期中期計画成果集 重点課題アイa 生物多様性保全技術及び野生生物等による被害対策技術の開発』
    ・丸田 恵美子・山崎 淳也(東邦大理)・千島 茂(東大富士演)・梶 幹男(東大院新領域)『日本海型ブナはなぜ太平洋側山地に分布できないのか』J-Stage
    ・ルーラル電子図書館『有効積算温度』

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